TAR ター
天才指揮者の話だが、物語の描かれ方もある意味アーティスティックで、一筋縄ではいかない。 一般的な映画なら物語が進むにつれて真実が明示されたり解決されるであろう謎が、本作の中ではほぼ解決しない。冒頭、メッセージアプリでやりとりしているのは誰なのか、リディアと彼女のプログラムの元生徒(だったか?)クリスタとの間に具体的に何があったのか。リディアの部屋に入って真夜中に戸棚の中のメトロノームを動かしたのは、娘が気配を感じていた存在は誰なのか。 多分こうなのかな、と観ていて思える程度のヒントはあるが、種明かしもすっきりした解決もなされない(幽霊だってことにしないと説明のつかない部分も?)。
リディアの指揮者としての意識高い日常描写が淡々と重ねられていく中で、彼女の才能だけでなく、その横暴さもだんだんと浮かび上がってくる。 娘をいじめた子供に静かな脅しをかけたり、年配の副指揮者を独断で追い出したり、若いチェロ奏者オルガへの依怙贔屓をしたりといった行動だ。 パンフレットの前島秀国氏によるレビューを読んだところ、リディアとコンサートマスターであるシャロンの関係は、もし女性指揮者と男性コンマスだったなら公私混同と非難され、公的な性格が強く世論に敏感にならざるを得ないベルリンフィルにおいては醜聞となっただろうとのことだ。ところが、全く同じ理由のために、レズビアンカップルであるリディアとシャロンの関係は黙認されていた。LGBTQコミュニティからの非難を恐れたということだ。彼女が指揮者として実力者であることもあいまって、リディアの身勝手なふるまいを止めるものはいなかった。 自殺したクリスタの両親から訴えられたり、ジュリアードの授業で男子学生を論破する動画をスキャンダラスに拡散されたりしたのち、リディアは常任指揮者の座を降ろされ、カプランのコンサートに乱入して、ベルリンフィルを去る。 最後にリディアは活動の場をフィリピン(とパンフの町山氏のレビューに書かれているが、地獄の黙示録がどうとか言っていたのでベトナム?よく分からなかった)に移し、モンスターハンターのサウンドトラックコンサートの指揮をとるところで物語は終わる。コスプレをした聴衆が、そこまで見てきたクラシック業界の高尚な雰囲気とかけ離れていて、ちょっとシュールなラストだった。
過去のLGBTQ映画を全て観たわけではないが、同性愛者である主人公の生き様について美化も言い訳もしない描き方をする作品は珍しい、という印象を受けた。 一昔前なら、これは完全に男性の主人公で描かれていた話だ。リディアの職場には元恋人(フランチェスカ)、現パートナー、彼女が新たにロックオンした若い女性がいてドロドロ、登場しないクリスタも恋愛絡みのトラブルだったのかと思わせる。マッサージ店を紹介してもらったら性的マッサージ店だった、というくだりも、昔の感覚で言えば男性の登場人物にありそうなエピソードだ。 リディアというキャラクターがバーンスタインとカラヤンをモデルにして創造されたためでもあるが、こういう役を女性が演じても特段不自然に感じない時代になったんだなあと思った。
そしてやはりケイト・ブランシェットは圧巻だ。 リディアの日常を描きつつも、その中で薄紙を重ねるように彼女のフラストレーションが堆積してゆく、それを学生の貧乏ゆすりや遠くで聞こえるチャイム音、悲鳴などの音で表す脚本も巧みだが、ケイト・ブランシェットだから160分持ったという気もする。 クリスタにまつわる謎がずっとチラ見せされながらスッキリ全貌がわかることなく話が進み、主にリディアの反応が描写されるばかりなので、これで物語の緊張感をずっと保つのは、実はなかなか技量がいることだと思う。 彼女の明らかに異常な行動は、終盤に自宅で騒音おばさんになったり(高級そうな住居なのに、向かいにああいう家族が住んでるのは違和感)、コンサート中のカプランをどつき飛ばしたりすることくらいなのだが、そこまでのいわゆるキチゲが溜まる描写や演技が丁寧なおかげで唐突感がない。 それを、抜群に美しくてカッコいい彼女が演じ切るので、クラシック業界のことがよく分からなくても見ていられた。
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