『キッパリ!』から『全裸監督』までベストセラー多数! 穂原俊二が明かす編集者人生「本は今生きている現実と必ずつながる」
『宝島30』1995年5月号 ーー90年代半ばの『宝島30』は「オウム真理教サリン疑惑」という特集を組むなど、かなり攻めた内容でした。 穂原:記事が過激で多方面から訴えられまくっていましたし、右翼が編集部に銃弾をぶちんだこともありました。でも、編集部の人間は面白がっていて、社長ももっとやれという感じでした。当時は出版社に勢いがあったから、糾弾すべきものは糾弾するというジャーナリストとしての姿勢があったのだと思います。95年は地下鉄サリン事件と阪神・淡路大震災があって、編集部は連日、不夜城。企画した連載「爆笑問題の日本原論」も絶好調でした。 『宝島30』では、小林よしのりさんともお仕事させていただきました。私はデビュー作の『東大一直線』の大ファンで、『コンプティーク』に勝手にコーナーを作ってインタビューしたほどでした。小林さんに部落解放運動家の小森龍邦さんや石原慎太郎さんに会っていただいた企画は、まだ素朴な頃の『ゴーマニズム宣言』(幻冬舎文庫版4巻、5巻)で漫画化されています。太田光さん、みうらじゅんさん、浅羽通明さん、椹木野衣さん、春日武彦さん、リリー・フランキーさん、テリー伊藤さん、福田和也さんらとも知り合い、大いに影響を受けました。 ーー『宝島30』は刺激的な雑誌でしたが、1996年には休刊になってしまいます。 穂原:1995年に私は『宝島』に移動させられました。『宝島』では、金正日のそっくりさんを募集し、もっとも似ている人を選んで、人民服を着ていただき、「金正日極秘来日緊急記者会見」を開いたりしました。金正日に似ている人は多く、たくさんの応募がありました。テリー伊藤さんが「今、北朝鮮はどうなっているのか?」とそっくりさんに聞くだけの記者会見なんですが、ある米国一流新聞紙の記者が取材に来て、日本語を話しているそっくりさんを見て、激怒して帰っていきました(笑)。『宝島30』の編集も同時に携わっていたのですが、しばらくして廃刊となってしまいました。そこで前述の佐藤辰男さんに相談して、仲が良かった橘玲さんとともに当時のメディアワークス(現KADOKAWA)へと移籍しました。メディアワークスでもやりたい放題で、『爆笑問題の日本原論』シリーズや『EXPO70伝説 日本万国博覧会アンオフィシャル·ガイドブック』、杉作J太郎『ヤボテンとマシュマロ』、天久聖一『ドムーン』、ポール・クルーグマン著/山形浩生訳『クルーグマン教授の経済入門』(現在はちくま学芸文庫)などを編集しました。
橘玲『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎) 装幀:鈴木成一デザイン室 4~5年ほど働いたところで、今度は面識のない幻冬舎の方から声がかかりました。実は出版社を作って独立しようと思っていた時期で、話も聞かずにお断りしたのですが、その後また丁寧な手書きの手紙が来たりして、会って話を伺いました。その話を橘玲氏にすると、「実は今、本を書いている。穂原くんが編集して幻冬舎から刊行してくれればいいんだけど」と言われて(笑)。独立の後ろ盾になってくださる方からも、「穂原くんは職人気質だから幻冬舎に行ったほうがいいんじゃないの」と言われて、結局は幻冬舎に入社することになりました。幻冬舎で出した、橘玲『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』はいきなり35万部のベストセラーになり、結局、14年間、在籍することになります。 ――穂原さんは90年代後半から、他にもさまざまなベストセラー書籍を手掛けています。
大岡トメ『キッパリ!―たった5分間で自分を変える方法』(幻冬舎) 装幀:川名潤 穂原:宝島社から1997年に刊行した『爆笑問題の日本原論』が50万部(シリーズで250万部)で、幻冬舎では橘玲さんの本以降、2004年の上大岡トメ『キッパリ!』は135万部(「キッパリ」シリーズは文庫を含めると2017年時で250万部)、2003年の『趣都の誕生-萌える都市アキハバラ-』、2004年の前田建設工業『前田建設ファンタジー営業部』、2005年の三浦しをん『むかしのはなし』とゲッツ板谷『ワルボロ』、2006年の村上隆『芸術起業論』と大西巨人・のぞゑのぶひさ・岩田和博『神聖喜劇』、2007年のみうらじゅん『アウトドア般若心経』、2009年の宮台真司『日本の難点』が13万部、2014年の鈴木大介『最貧困女子』が9万部、賞をいただいたり映像化されたりしたものもあって話題となりました。『星星峡』という月刊の文芸PR誌の編集長になって、そこでは三浦しをんさん、会田誠さん、椹木野衣さん、安野モヨコさん、辛酸なめ子さん(幻冬舎Plus)らを企画して連載、直接の担当ではないですが、松井今朝子さん、恩田陸さんら幻冬舎初となる直木賞や本屋大賞などの受賞作も連載されていました。 ――映像化といえば、ゲッツ板谷さんの『ワルボロ』や鈴木涼美さんの『身体を売ったらサヨウナラ』などのほか、近年では本橋信宏さんの『全裸監督 村西とおる伝』のNetflixドラマ化が衝撃的でした。
本橋信宏『全裸監督 村西とおる伝』(太田出版) 装幀:鈴木成一デザイン室 穂原:本橋さんは『宝島』本誌時代に連載コラムを依頼して以来のお付き合いです。「ポアもやむなし」という4分の1頁くらいの小さいコラムなんですが、そこまでやるか、というくらい全力でアンダーグラウンドな世界を取材しまくっていました。私の編集ではないですが、この連載の大部分は『にくいあんちくしょう―異端カリスマ列伝』(ちくま文庫)にまとめられています。楽しいことこの上なかったです。当時から「いつか村西さんの人生を総括する本を作ろう」と話していました。本橋さんの本は文庫も含めて数多く編集しましたが、私との関係も紆余曲折があった末に、ようやく太田出版で形になったのが『全裸監督 村西とおる伝』でした。同書は帯に書かれた「前科7犯、借金50億、求刑懲役370年」という数字のインパクトと「人生、死んでしまいたいときには下を見ろ! おれがいる。」というコピーが評判となり、俳優の山田孝之さんが「ぜひこの役をやりたい」と自ら名乗り出てくださいました。しかし、Netflixと仕事をするには、当然ながらアメリカの本社と契約を交わす必要があり、山のような契約書に目を通さなければいけない。ここで村上隆さんの『芸術闘争論』を参考として、太田出版の法務部が頑張ってくれて、なんとか2シーズンのドラマとして皆様に届けることができました。村西さんは苦労している法務担当の女性をいつの間にか「マドンナ!」と呼んでいましたね(笑)。太田出版では、田中真知さんとともに神戸の山奥に隠遁していた中田考さんに会いに行き、『私はなぜイスラーム教徒になったのか』や『クルアーンを読む』(橋爪大三郎さんとの共著)など一連のイスラーム関連の本、また安田理央さんの『痴女の誕生』『巨乳の誕生』『日本エロ本全史』、辛酸なめ子『ヌルラン』、岩井志麻子『嘘と人形』、春日武彦『鬱屈精神科医、占いにすがる』(現在は河出文庫)なども編集しました。 ――太田出版の後は、サイゾー、イースト・プレスへと移っています。
小田嶋隆『東京四次元紀行』(イースト・プレス) 装幀:鈴木成一デザイン室 穂原:サイゾーには1年ほどしかいなかったのですが、和田秀樹『灘校物語』、澁谷果歩『AVについて女子が知っておくべきすべてのこと』、中田考&天川まなる『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』、小林哲夫『女子学生はどう闘ってきたのか』、島田裕巳『疫病退散』、小田嶋隆&武田砂鉄『災間の唄』などを編集しました。また美術史の集中講座、WHITE ROOMも始めています。その後、イースト・プレスから声をかけていただいて転職し、ドミニク・チェン『コモンズとしての日本近代文学』、春日武彦&穂村弘&ニコ・ニコルソン『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』、奈倉有里『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』、ジャガー『ジャガー自伝 みんな元気かぁ~~い?』、小田嶋隆『東京四次元紀行』、斎藤真理子『韓国文学の中心にあるもの』、卯城竜太『活動芸術論』などを刊行しました。おかげさまでほとんど重版がかかっています。イースト・プレスの永田和泉社長や社内の助けと連携があってこそと感謝しています。 ここでは仕方なく本を選んでお話していますが、自分がお手伝いした本はすべて1冊1冊、愛情があり、その時代とともにいいことも悪いことも思い出があって、大事なものです。どの本もどうしたらたくさんの人に読んでもらえるか、ということをいつも考えています。