松江いちの美人が「きれいな物乞い」に…「ばけばけ」でも描かれた小泉セツの実母がたどった没落人生 没落しても家事ひとつできない家老の一人娘
セツが繰り返して聞いたもう一つの話は、セツの実母チエの若い頃の話である。チエは「 御家中 ごかちゅう 一番の 御器量 ごきりょう 」と褒めそやされた 稀 まれ に見る器量の持ち主で、しかも名家老塩見増右衛門の一人娘であったために、 殿町 とのまち も三の丸御殿の前の広壮な屋敷に、京・大坂より師匠を招いて芸事の稽古を受けるなど、文字通りのお姫様育ちをしたのであったが、13歳になる少し前に、一度さる高位の侍の家に嫁入りをした。
藩公から格別な祝儀を賜って、盛大にとり行われた婚礼の晩のことである。夜も深まったが、待てども待てども新郎は 寝所 しんじょ に姿を現さない。突如として庭からただならぬ物音が聞こえて来た。
チエは、まだ 年端 としは も行かぬ娘の身ではあったが、護身の 懐剣 かいけん の 袋緒 ふくろお を解き、 雪洞 ぼんぼり を掲げた侍女一人を従えて 姑 しゅうとめ の部屋に向かい、廊下から落ち着いた声で、
さて、家中の者が 手燭 てしょく や提灯を手に手に、どっと庭に降りて見ると、男は腹一文字にかき切った上、首筋を斬って 雪見燈籠 ゆきみどうろう に伏せ、女は首をほとんど完全に打ち落とされて、松の根元に倒れているという、血の臭い漂う光景が繰り広げられていた。
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