ガタガタ言ってねえで続けりゃいいんだよ!
(インタビュー映像)
フィクションっていうのほとんど僕はないワケですよね。で、この業界に入って、で、意外に皆フィクションでやってて、で、歌を作ってて、フィクションっていうか、自分の頭の中だけで作ってる。で、実際あの、血流してないっていうか。流した血で譜面を書いていないっていうのが多いん、多いことに気が付いてビックリしちゃったんですよね。
で、あのー、それが分かっちゃうと、より何かこう、自分を追い詰めて行ってしまう。んで、まぁ10年間も続けていくとお客さんはどんどんどんどん次のものを要求してくるし、それで、なんか、その内そ、それがその楽しみでなくなってきたっていうか、苦痛になってきたっていうのかな。
(インタビュアー : あのー、作っていったり演奏したりしていくこと?)
そうですね、だから、音楽が楽しいーつってやってることじゃなくて、何か、妙な、自分を限定していくとか、自分という人間を、こう、こうでなきゃいけないんだっていう…。
実際ほら、僕なんか、プライベートなことがね、引き金になってるっていう風に言われてますけど、実際それはありますよ。確かにプライベートで、あのー、辛いことがあって、で、それが原因で辞めるんですもん。で、それは何かっつったら、その、あの、「僕は変わらない」。でも僕も変わってるんですよ実は、変わってきてしまったんだけど、自分は自分であるっていうことの、変わらないことに対しての固執っていうのが凄くあるんだけど。僕がおき…あのー、食らったプライベートな辛いことっていうのは、人間がココまで残酷にも変わってしまうのかっていうことを、あの、感じてしまったっていうか、食らってしまったんですよね。んで、俺がいくら泣こうが喚こうが、あのー、変わっていってしまう。
んで結局その、今歌を作れ、作るということは、それをテーマにしてしか作れない、っていうところに行ってしまった。ただ、例えば言われるわけですよね。「どんなに辛くても逃げちゃいけない、あなたは歌を歌うことが使命なんだから」と、まぁこれはファンの意見だよねこれはね。「あなたに与えられた唯一の才能なんだから」とか。それはそうですありがたいことです、これは。ところがそう、そうやって自分の納得の行かないことを歌い続けることは、あの、本当に誠意なんだろうかと。
で、でもこれ、この恨み言が何年かかけて、この恨み言そのものがフリーズなんですよね、僕のね。で、こんだけ…多分自分はナルシスティックな人間だと思うんですよね、病的な。で、それが、その、恨み言という名前のフリーズ、凍結したものが、解けるということは、その、恨みが消えていくことだと思うんですよ。んでその消えてった時に、あのー、自分が、豊かな感性をまだ持ち続けられるように、その、色んなものにもトライしていきたいと思っている。その中の映像であったりとか、映像もそうだし、それ以外のこともあるし、人との出会いもあるし、自然と触れて合ってもいいだろうし。ただ、その、最初にガーンと来た時は、もう絶対何にもすること、もうクリエイティブなこと何もしない、ってやっぱ思、思ったし。
でも、ずっとその、最後のラストのツアーずっと続けていく内に、あの、自分の中の音楽っていうものがどうしても捨てきれない。今音楽やるのは凄いつまんないし、その、周り見てても、他のアーティスト見てても魅力的な人が一人もいなくて、なんか、音楽でワクワクできない。でもなぜ、なぜかその自分の中の音楽というものを捨てられない、のはありますよね。だから酔っ払うとギター持ちたくなるとか、ピアノ弾きたくなるとか、そういうのがある。だから、その、多分僕は音楽は捨てませんよ。音楽は捨てられませんと言います。ただ、僕は、そういった意味で「フリーズ」「凍結」っていう言葉を使ったのは、僕の、シンガー…シンガーソングライターとしての活動が冷えて、そこに、要するにだから、あの、氷漬けのマンモス状態?あのよく、あの、冷凍光線シャーって浴びてカッって止まっちゃうみたいな、あの感じですね。
(コンサート映像)
皆さんの顔を見ていたいから…
えーもう、ご存知だと思いますけども、えー、このツアーをもちまして…私は…
\認めないぞ!/ \辞めるな!/ \やめないで!/ \やめないでー!/ \うぁぁー!/
分かっ、分かってるよー凄く。
\角松さーん!/ \続けろー!/ \やめんじゃなーい!/
いや、確かに、えー非常にプライベートなことが引き金になってることは事実でございますが…それはもう、俺の、あの、まー、あたしらの知ったこっちゃないっていう世界だと思うんですけども、えー…
\ガタガタ言ってねえで続けりゃいいんだよ!/
\もっとガタガタ言え!/
おめぇに俺の気持ちが分かっかこのバカヤローコノヤロー…
(ステージ上のモニタスピーカーを蹴る角松)
\怒らないで!/ \聞いてあげて!/
いや、色んな人がいるんですわ。確かに。色んな人がいるし色んな人間を相手にしています。それを気持ちをあんたらに分かってくださいとは言いませんし私はたまたまこういう仕事をさせていただいて、たまたまこういう風に、さしていただいています。だから、俺の気持ち分かるだろっつったって、でも、僕がサラリーマンの気持ち分かるか、OL の気持ち分かるかって言われても、やっぱ分かりませんから、そういう人達に対してあんまり意見できません、私は。ガタガタ言ったりどうのこうのとか、オメーはどうのこうのとかって意見は、やっぱり意見できませんよ。その人にはその人の気持ちしか分…ないんだから。
ただ、やっぱ、昨日も言ったように、えー、やっぱ変わらないものってのを見付けたいなと、やっぱ思うし、えー、ただ、えー、本当にあのー…うん。確かにガタガタ言ってないで続けりゃいいんだよって思いますけども、そういうことを言った人は、何かを止めたことがないんでしょうかね。あのー、皆一緒だと思いますよ?
\やりたくなったらまたやりゃいいよ!/
まぁそういうこったな。
\待ってます!/
俺が、例えばこう、辞めることをあんたは、逃げるんだっていう風に言う人もいるけども、自分がココまでやってきたことを自分が一度辞めるっていう、捨てるっていうことは、凄くやっぱ不安ですよね、やっぱり。金の問題にしても何にしても。でも、やっぱりベストな状態で皆に僕の歌を聞いてもらいたいと思うし、例えばフィクションで CD 出してコンサートやって CD 出してコンサートやって、そんなことやるのはいつでも、いつだって簡単なことですよ。縮小したってできるし拡大したってできるし。
じゃあ、今聴く方がさ、売れてる例えばさ、売れてる音楽をさ、ボイコットしないでしょ?やっぱりあるものは聴い、聴いてしまうじゃないですか、皆。だから皆、売り手に操作されちゃうワケじゃない。私はそんなことはないって言いながらもこの時代に皆生きてるんだから。そういう自覚あるんすか?
\そんな話聞けるのは角松ぐらいだぞ!/
それがなさすぎるのが変な話だよね。もっと皆やっていいはずなんだけどさ。
\だから辞めないでくれよ!/
まぁ、俺は俺のその、なんだ、あのー、自分で、見付けてくるよ、また。何か。
皆さんの方も、何かあるかもしれませんから。コレはバーッと盛り上がっても…ごめんね不吉なこと言って。でも、私も何かあるかもしれないし皆さんも何かあるかもしれないし、だから、この一瞬を、皆で、固めようよ、キリッて。
皆と一緒にいれてとても幸せでした。ありがとう。
「時の挽歌」
多くの角松ファンはこの野次に対して、心無いファンの言葉と受け取った人も多いでしょうね。しかし、私は違いました。正直なところ、「よく言った!」という気持ちでしたね。彼の発した言葉はコアな角松ファンの本心だと思うのです。アルバム『あるがままに』を聴いて、角松がこのアルバムをある女性一人に向けて思いの丈をぶつけたアルバムであったことは、ライナーを読んだり曲を聴けば容易に想像できましたし、アルバム『君をこえる日』を聴いて角松の思いが、結局その女性には届かなかったというのも分かりました。そして、角松の出した結論は"活動凍結"・・・。
野次を飛ばした彼の言葉の裏には、「私生活のゴタゴタは我々ファンには関わりの無い事ではないのか?プロならばどんな状況でも創作は続けるべきではないのか?」という意味が隠されていたように思えるのです。しかし、当時の角松の精神状態ではファンの人に良い曲、良い音楽を届けられないという、音楽やファンに対する誠実な気持ち・想いは立派ですし、十分に理解出来るのです。だからこそ、野次に対して角松が怒ったことにすごく寂しい気持ちになったのも事実なんです。なんだかんだ言っても、私的なトラブルが引き金となって活動を凍結するというのは、やはり角松の我侭、あるいは身勝手だと受け取られても仕方がないと思うのです。
私個人的な想いですが、あの野次を受けた時に怒るのではなく真摯に受け止めて「君の気持ちも分かる。申し訳無く思っている。しかし、今のままでは君が喜んでもらえるような曲はとても書けそうにない・・・。暫く時間をもらえないだろうか?」と言って欲しかったですね。
私には、いろいろな意味を含んだ「別れの場」を乱暴な言葉で汚され、ナルシスじみた美的世界を侵害された彼の怒りという一面もあると感じられました。
- 表現者の憂鬱 芸術の社会的世界
- 角松敏生の歴史② 90年代・凍結 | Webon(ウェボン)
- もっと聴きたいから止めないで欲しい
- 私生活の問題はファンと関係ないのに身勝手過ぎる
- プロならそれでも創作を続けるべきでは
辞めたらどうなるんだろう、肩書もなくなり無職になるけど、生活は大丈夫だろうか。そういう現実的な心配事も生まれるだろう。ましてや一般人のように転職がすんなり行くような職業でもなく、「復活します!」と宣言しても誰もコンサートに来なかったら、やる気があっても働かせてもらえない。そういう「人気」が必須な職業であることも重々承知の上で、それでも続けられないから、「辞める」を選択していることは想像に難くないだろう。
そもそも、ファンだからどうとかいう言い方が大っ嫌いだ。なーにが「ファン」だよ。聴いてるだけの人間が何でそんな偉そうなんだ。お前がいくら CD 買ってお布施したところで、アーティストはお前一人のために歌ってるワケじゃない。お前のことなんか考えてもいない。いや、仮にアーティスト側がお前個人のことを考えたとしても、アーティスト活動の判断に対して口出しできる立場にはない。どこまで自分が中心なんだよ。どこまで偉そうなんだよ。どこまで無神経なヤツなんだよ。人じゃねえわ。
「ガタガタ言ってねえでやりゃいいんだよ!」
角松は1998年に「解凍」し、2022年現在も音楽活動を続けている。理屈っぽい MC は健在だが (笑)、近年結婚しお子さんを授かったことも影響しているのか、「東京少年少女」のように「いわゆる角松節」とはまた違う一面が見えることもあり、まだまだ心血を注いで試行錯誤・進化を続けているんだなと感じる。あれだけ理屈をこねながらも、裏には強い感情があるので、ともすれば「以前言っていたことと違う」「筋が通っていない」ように見えることもあるかもしれないが、そういう様子も含めて、角松の活動を程良い距離で眺め続けたいなと思う所存。