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インド 「悪魔の鯰」グーンシュ釣行記

ここは混沌と喧騒の街デリー、私の旅はここから始まるのである。 前回のマシール釣行と同じように、巨漢ドライバーのシャルマーが、私を空港まで迎えに来る予定であった。 が、しかし、この街は渋滞が蔓延化し、約束の時間に来ることなど期待できるわけもなく、何処かに向かうわけでもないインド人に紛れ、空港入口にて彼の到着を待つこととなる。 シャルマーを愛おしく思えるほどの時が経過したころ、ふてぶてしくも見える巨漢シャルマーが、可愛げな笑顔で到着する。彼の自慢の車で、旅のコーディネーターであるグラブの家を目指す。グラブの自宅はここから5㎞の場所に位置し、通常なら15分程で到着するはずだが、“通常”という言葉はこの国では通用しない。その距離でさえ1時間ほどの旅となるのである。 インドの地を踏んで約3時間、やっとの思いでグラブと合流。次の目的地である、インド北西部のコルベットに向け、長い旅のスタートをきることができた。

旅が本格的に始まる前に、今回お世話になることになったパートナーを紹介したい。 100㎏の体重をゆうに超える巨漢のシャルマー。明るく、人懐っこい性格。 愉快かつ繊細な男、クラブ。太陽が空から照り付けるころ、冗談を言ってはみんなを笑わせ、一面に星空が広がるころ、星の話や世界情勢についてスコッチ片手に静かに話す。スコッチと人をこよなく愛する魅力的な男だ。

彼は、私がブッコミ釣りをする時には、竿先に鈴をつけることを前回のマシール釣行で知っており、私が鈴の音に過敏に反応するのを見逃さなかった。それを知った彼は、私のタックルボックスから拝借した鈴を意味もなく鳴らし、私の驚く反応を楽しむという悪趣味な遊びをすっかり身に着けていた。そんな鈴の音に興奮する私に向かって、彼は容赦無く『鈴は鳴らない!』と言い放ったのであった。 そのグラブの言葉に打ちのめされてしまった私は、大慌てで荷物をテントに投げ込み、早速、釣り竿の準備を始めた。 先ずは、エサの確保からだ。

2日目の朝からはガイド達はポーカーを楽しみ、私とネパール人の少年(今回の旅の手伝い)は、竿の見張りとカエル探しで時間をつぶした。 実は私は魚だけではなく両生類にも大変興味があり、此処1年程は、狂ったように両生類探しにも明け暮れる日々を過ごしていた。 ここインド北部においても、2種のカエルを発見するに至り、1種は日本で言うところのヌマガエルの亜種と思われるよう蛙で、図鑑上はインドに生息が確認されていないものであった。 もう一種は、見たことのないカエルで、後ろ脚の水かきが発達しており砂に潜って逃げ足の速いカエルであった。このようなカエル探しも水辺の生物に出会うという趣旨の旅からはそう外れてはおらず、楽しみの一つである。

その日は、カエル探しと淵の上流の瀬でのルアーフィッシングに明け暮れ夕方を迎えた。 相変わらず、野菜カレーが夕食に並び、全員で食卓を囲んだ。 昨晩は比較的静かな夜であったが、初日の高揚と緊張、そして動物の足音でなかなか寝付けなかったのだが、この日は21時頃には寝袋に入りぐっすりと眠りに落ちた。

そして、その時は突然訪れた。鈴が激しくなったのである。 眠気の中で『グラブの奴!ついに深夜まで鈴で悪戯するようになったか?』と疑ったが、眠気眼で時計を見ると深夜3時半であった。鈴は更に激しさを増し、けたたましくなり続ける。 私は、寝袋から這い出し、テントから飛び出した。 そこには信じられない程曲がった竿と、今にも崩れそうな竿を支えている岩があった。 私は、すぐさま竿にしがみつきあわせを入れた。 僅か50m四方の小さな淵での真の戦いの始まりである。 竿に伝わる重みと走り出した時のパワー、やり取りをしているだけで、かなりの大物の魚 だという事はわかった。その大魚は、時折狂ったように走り、そして、何事もなかったかのようにパタリと止まり川底にへばり付く。 糸を巻き取れるのは川底から離れた一瞬であるが、その一瞬も待たずして大魚が走り出す。懸命に巻いた糸も、一瞬で放出されてしまうのだ。ただ其の繰り返しである。 気付けば辺りはうっすらと明るくなり、時計の針は5時半を指していた。 この間、寒さを全く感じず、時間の長さも感じず、唯々この単調なそして激しい魚とのやり取りを続けていたのだ。 更に2時間ほど、このやり取りを続けたころ、ついにその時はきた。 朝焼けに包まれて始まり出す神秘的な時間に、深く澄み切った淵から大きなそいつは現れた。 そしてこの瞬間、大魚はグーンシュという巨大鯰に姿を変えた。 仲間たちが一斉に、歓喜の雄叫びを上げた。 グラブが叫んだ『陽二!お前の鈴は最高の音を奏でた!!』 興奮がしばらく収まらず、私は喜びに震えていた。

グラブも暫く歓喜の舞を楽しみ、私のそばにやってきてグーンシュを眺めた。 実際、ウエイトの計測は行わなかったが、長さは180cm、推定65㎏であった。 ガイド達は『ワールドレコードにも匹敵するのでは!』と大騒ぎであったが、 私にとって、そんなことはどうでも良かった。このとてつもなく大きなグーンシュと戦い、彼をこの胸に抱けた幸運に感謝している。

本命を手にしたその日、 ネパールの少年が、往復4時間かけて山を駆け上り、一羽の鶏を抱きかかえて帰って来た。 彼を迎えた者たちからは、満面の笑みがこぼれた。 さぁ、今宵はチキンカレーで勝利の宴といきましょう。 仲間で勝ち取った、勝利の味に酔いしれた。

6日目の朝、我々は荷物をまとめ淵を後にした。 帰りの山道、巨漢のシャルマーが、如何に悶絶しながらの登山を強いられたかは想像を絶する程である。 彼に合わせて山を登った我々は、5時間の登山を経験する羽目になる。 そして、我々の後ろには静かにヒマラヤ山脈がそびえ立っていた。

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