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みなさま、本日は師走のご多用のところ、父・秋山紀夫の葬儀にご会葬賜り、誠にありがとうございました。生前、父とご縁を結んでくださいましたこと、心より感謝申し上げます。父は 12 月 9 日の夕方、旅立ちました。私たちは最期に少し間に合いませんでしたが、父は穏やかな表情をしており、苦しまずに逝ったことがうかがえました。父は若い頃、単身アメリカに渡り、自ら多くの吹奏楽の先人たちに手紙を書き、訪ね歩きながらネットワークを広げていきました。留学中には、シカゴで開催されるミッドウエスト・バンド・クリニックに日本人として初めて参加し、その後半世紀にわたり、冬のシカゴでのこのイベントを毎年楽しみにしておりました。帰国後は、吹奏楽の指導に携わる傍ら、アルフレッド・リード、そして父が敬愛してやまなかった指揮者フレデリック・フェネルをはじめ、多くの音楽家を日本に紹介し、人と音楽をつなぐ役割を果たしてまいりました。今年の 8 月頃、「これまでで一番印象に残っていることは何か」と尋ねたところ、父は迷うことなく、「ウィリアム・フェントンの足跡を辿ることができたことだ」と話しておりました。フェントンは、日本に初めて吹奏楽を紹介したイギリス陸軍軍楽隊の指揮者です。資料がほとんど残っていない中、奇跡のような一通のメールをきっかけに、その歴史を紐解くことができました。その時の父は、これまで見たことがないほど興奮していたように思います。今年に入り、父は少しずつ仕事を終い始めました。1 月には山梨での審査の仕事、3 月には長年続けてきた浜松市での吹奏楽大会の仕事から、それぞれ引退いたしました。5 月の終わりには大宮市民吹奏楽団、6 月には「なごみ」とハワイのホノルル・ウインズとのジョイントコンサートで指揮台に立ち、楽しそうに棒を振る姿は、今でも目に焼きついております。残念ながら、これが父にとって最後の舞台となりましたが、父の頭の中には、まだまだ先の音楽が広がっていたように思います。7 月にコロナで入院し、退院後、状況は大きく変わってしまいました。8 月末には、96 歳にして初めて介護申請を行い、慌ただしい日々が始まりました。9 月にはほぼ寝たきりとなりましたが、眠っている間、父の意識はこれまで体験してきたさまざまな記憶の中を飛び回っていたようです。起きている時よりもはるかに力強い声で語る内容に、私たちもたびたび驚かされました。その内容は、練習中に楽器へ出す指示であったり、ソニーのこと、台湾のこと、ニューヨークのセントラルパークで聴いた野外コンサートのことなど、多岐にわたっておりましたが、すべてが吹奏楽につながるものでした。10 月頃から、食べることが大好きだった父の食事量は次第に減っていきましたが、入院する当日まで自分の足で歩き、大好きだったかぼちゃのスープを飲んでくれました。また、11 月半ばには、長崎国体のマーチを地元企業のテレビ CM に使用したいという申し出がありました。父は生前、このマーチを「自分の息子のような存在だ」と申しており、さらに正式な出版の話もあり、大変喜んでおりました。自分の母の命日であり、また妻の誕生日でもある 9 日を選び、入院してわずか 5 日で逝ってしまった父。せっかちで、いかにも父らしい最期だったと思います。今週からミッドウエスト・バンド・クリニックが始まります。この 12 月という時期を選んだのも、父が最期まで吹奏楽とともに生きたことを伝えたかったからなのだと、私は感じております。6 月に来日したハワイのバンドのメンバーに、天文学者でもあるバスクラリネット奏者がおります。その方が、自身の発見した星に命名する権利を持っており、その星に父の名前をつけてくださるという、大変名誉な出来事がありました。その近くには、フレデリック・フェネルの名を冠した星もあるそうです。吹奏楽を心から愛し、その情熱が父の原動力でした。吹奏楽を耳にされた時、ほんの少しでも父のことを思い出していただけましたら、これほど嬉しいことはありません。本日は誠にありがとうございました。

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