【歴史部】<札幌市>『赤い靴 はいてた 女の子…』童謡「赤い靴」の軌跡が札幌にありました!
こんにちは、えぞまち歴史部です。「 赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに連れられて 行っちゃった 」という童謡、小さい頃に聞いたことがあるという方も多いのではないでしょうか。この歌は、1922年(大正11年)、野口雨情作詞・本居長世作曲によって発表されました。冒頭に記載した1番の歌詞が有名で、かつ曲調もどことなく悲愴を感じるようなものであるため、この歌は人々の記憶に残りやすく、「女の子に何があったんだろう?」「どうして異人(※当時の「外国人」)に連れられていってしまったのだろう」「その後、女の子はどうなったのだろう…?」と、様々な感情が巻き起こりますね。
童謡「赤い靴」のモデルとされたエピソード
というのも、6歳になっていたきみは、当時不治の病とされた「 結核 」に罹っていたのです。さらに、当時の米国への旅路は船旅で、小さな子供には過酷なものでした。結核という重病、小さい子供であるということから、きみの米国への船旅は無理だと判断されました。そのため、きみは今度は東京・麻布の孤児院に預けられることとなり、ヒュエット夫妻はきみを連れて行くことができず夫妻のみで米国へ渡ったのです。
「赤い靴」の歌詞とエピソードの相違点さて、上記の悲しいエピソードですが、「赤い靴」の歌詞とは 大きな違い がひとつあります。それは歌詞一番の後段、「異人さんに連れられて行っちゃった」の部分です。きみは「異人さん(ヒュエット夫妻)」に預けられましたが、ヒュエット夫妻は函館にいたのです。
1. 赤い靴はいてた女の子 異人さんにつれられて行っちゃった2. 横浜の埠頭から汽船に乗って 異人さんにつれられて行っちゃった3. 今では青い目になっちゃって 異人さんのお国にいるんだろう4. 赤い靴見るたび考える 異人さんに逢うたび考える
母かよ、父鈴木志郎のその後 野口雨情の作詞なお、野口雨情氏の作詞した「赤い靴」は、先に記載したように4番で終わっているのですが、この詩には「 幻の5番 」があるとも言われています。1978年に発見された草稿にあった「幻の5番」は、次のような歌詞であったとされています。
生まれた日本が恋しくば 青い海眺めているんだろう 異人さんにたのんで帰って来(こ)
山鼻公園に「赤い靴」の碑が!?
「赤い靴」碑は他にも- 静岡県 日本平「母子像」
- 東京都 麻布十番「きみちゃん像」
- 北海道 留寿都村「母思像」
- 北海道 小樽市「赤い靴 親子の像」
- 北海道 函館市「赤い靴 少女像」
- 青森県 鰺ヶ沢町「赤い靴 親子像」
●施設名:「赤い靴」歌碑●住所 :〒064-0914 北海道札幌市中央区南14条西10丁目2●地図 :
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