ジェフ・ベックやCharらとの共演でも知られるドラマーのジム・コウプリーが死去
日本においてはアンルイスのサポート・バンドのドラマー、また後に矢沢永吉、今井美樹等様々なアーティストのアルバムにも参加。その後、英国を筆頭にヨーロッパで絶大な人気を誇ったGO-WESTのワールド・ツアーに参加している。GO-WESTはピーター・コックス、リチャード・ドラミーからなるデュオで、1985年にデビュー曲の「ウィ・クローズ・アワ・アイズ」がヒット、新進のブルー・アイド・ソウルのデュオとして注目された。1993年には映画「プリティ・ウーマン」のサントラに提供した「キング・オブ・ウィッシュフル・シンキング」がヒットしている。88年にはあのティアーズ・フォー・フィアーズのワールド・ツアーのドラマーとしてまさに世界中を飛び回る。ティアーズ・フォー・フィアーズは「ルール・ザ・ワールド」、「シャウト」という2曲の全米ナンバーワンヒットを送り出し、世界的な成功を手にした。日本でも1985年の自動車メーカー・スズキ「カルタス」CMに採用され、舘ひろしとともに広く認知される。さらに、「ヘッド・オーバー・ヒールズ」もチャート上位にランクしたが、これは印象的なイントロから後年カルト映画「ドニー・ダーコ」でも取り上げられることになる。1989年に発表された「シーズ・オブ・ラブ」もヒットし、引き続き高い評価を得た。カンザス州のホテルで歌っていたオリータ・アダムスを起用、この時にジム・コウプリー、またギターにはジミーの旧友ニール・テイラーら多数のスタジオ・ミュージシャンも参加している。シングル「ウーマン・イン・チェインズ」ではフィル・コリンズのドラム、他にべースでピノ・パラディーノ等。 その後ティアー・フォー・フィアーズ解散後のカート・スミスのソロ・アルバム"Soul on Board"、プリテンダース、マーティン・ペイジのアルバム等数々の著名なアーティストのセッション・ワークに参加。88年には、日本においては和製ロック・ギタリストの雄、チャーとの「いつか一緒にバンドをやろう. 」という長年の口約束が現実の物となり、チャー&ザ・サイケデリックスに参加し、日本での知名度もこの頃から一気に上がった。この時のオリジナルメンバーはチャー(G)、ジム・コウプリー(Dr)、ジャズ・ロッホリー(B)、佐藤準(Key)、アン・ルイス(Cho)となっている。佐藤準はチャーのスモーキー・メディスン時代から一緒にやっているキーボードで数々のアーティストのアレンジを手がけており、おニャン子クラブなどアイドル物で一声を風靡した。96年からは60年代のブリティッシュ・ロック・シーンの牽引役となった伝説的なバンドFREE、バッド・カンパニーの名ヴォーカリスト、(現在クィーンのヴォーカルとしても知られる)ポール・ロジャースのパーマネント・バンドによるワールドツアーにも参加。この年、ギリシャの国民的ニュー・エイジ・ピアニストのバックも務め、チェコ・フィルハーモニー・オーケストラなどの欧州を代表するオーケストラとも競演を果たし、新境地を切り開く。
Copyright © amass.jp, All Right Reserved.