日本初の女性ダンスボーカルユニット『BaBe』
BaBeの2人は同じダンススクール(一の宮はじめ ジャズダンスアカデミー)出身で、『ブレイカーズ』というユニットを組んで活動することになります。 このダンススクールに通うまで2人に面識はなく、共に高校を卒業してからの入学でした。 その後、ブレイカーズは佐伯万里子を加え『ハートブレイカーズ』と名を変えて活動し、ライブ活動や雑誌モデルなどの仕事を行っていたそうです。 更に、アイドルオーディション史上最大の応募数だった『第3回ミス・セブンティーンコンテスト』(1984年)で準グランプリを獲得した斉藤さおりがデビューする際には、『斉藤さおり&ハートブレイカーズ』の名でバックダンサー&コーラスのようなポジションで活動します。 その後、近藤智子と二階堂ゆかりの2人だけが事務所を移籍し『BaBe』が結成されたそうです。
BaBeの所属事務所
『日芸プロジェクト』と言えば、名簿会社から集めたであろう情報を元に、年頃の女性に“アイドルになれる”というダイレクトメールを送りまくり、集めた人からレッスン料を巻き上げるという詐欺まがいの手法を行っていた曰く付きの芸能事務所です。 そしてエスワンカンパニーと言えば、所属タレントをありえないほど安い賃金で使っていたことで知られています。 1980年代後半にアイドル四天王と呼ばれ、シングル曲でオリコン1位を8作連続で獲得した南野陽子の月給が3万円や6万円だったと言われており、BaBeの2人も月給7万円しかもらっていなかったと発言しています。 そのためBaBeの2人は、テレビなどに出演しながらアルバイトをして生計を立てていたそうです。
404 NOT FOUND | 懐かしの昭和アイドル集 1970年代から1980年代に活躍した懐かしお昭和アイドルたちを紹介していきます。 showa.idol-data.comデビュー曲からヒット連発
所属事務所が原因の労働問題はありましたが、仕事のほうは順調で、BaBeはデビュー曲『Give Me Up』(マイケル・フォーチュナティのカバー)がいきなり斉藤由貴主演のドラマ『あまえないでョ!』の主題歌に採用されオリコン最高順位8位を記録します。 続けて出した2枚目のシングル『I Don’t Know!』もドラマ『アナウンサーぷっつん物語』の主題歌に採用され、年末の音楽賞では最優秀新人賞相当の賞をいくつか獲得するなど、BaBeは一気に世に知られるようになりました。
BaBeってアイドル?
年齢 外見 ダンス力私がBaBeをアイドルと思わなかった1番の理由は、BaBeの2人が見せるダンスがアイドルにしては本格的でキレが良すぎたことにあります。 今ではアイドルが激しいダンスをすることは当たり前ですが、当時は本格的なダンスをしながら歌う女性をほとんど見たことがありませんでした。 もちろん振り付けはありましたが、それはあくまで振り付けでありダンスではありません。 本格的なダンスをしながら歌唱をする女性グループはBaBeが日本初と言ってもいい存在なのです。
かつて同じ事務所で活動したセイントフォーからは近い雰囲気を感じましたが、彼女たちは本格的なダンスというよりはアクロバットで、しかも無理やりやらされている感も満載でした。 『夜のヒットスタジオ』のバックダンサーだった『Dee-Dee』から誕生したユニットはもっと近しい存在かもしれませんが、そもそも存在自体がマイナーです。 海外や男性にまで広げると、マイケル・ジャクソンが1982年から1983年に『スリラー』や『ビリー・ジーン』を発表してレベルの高いダンスをしながら歌うという文化が広く浸透し、日本でも風見しんごが1984年12月21日発売の『涙のtake a chance』でブレイクダンスをしながら歌唱をしていましたし、1985年12月12日にデビューする少年隊はデビュー前から本格的なダンスをしながらの歌唱をテレビで披露していました。 また、BaBeと同期になる1987年には、ダンスのレベルが高いことで知られる『沖縄アクターズスクール』から牧野アンナやGWINKOなどがデビューしています。(この2人もデビュー当時は激しいダンスはしていなかったが)
人気低下の裏にあるもの
デビューから1988年5月11日発売の6枚目シングル『Get a Chance!』まで、全シングルでオリコントップ10入りしていたBaBeですが、1988年8月31日発売の7枚目のシングル『WAKE UP!』ではオリコン最高順位18位、1989年3月1日発売の8枚目のシングル『She has a dream』では37位と一気に人気が低下してしまいます。 この間に何があったかというと、同じ女性2人組のアイドルユニットであるWinkがデビュー(1988年4月27日デビュー)しているのです。 Winkは既存のアイドルが行っていた振り付けで歌唱をしており、当時の世間は激しいダンスをするBaBeよりも可愛らしい振り付けのWinkのほうを支持したということになります。(外見力も・・・) 1990年代になると沖縄アクターズスクール出身のグループが続々と人気を得ますが、1980年代当時はまだレベルの高いダンスよりも可愛らしい振り付けのほうが世間の受けが良かったわけで、そういった意味でBaBeの登場は早すぎたのかもしれません。 おそらくBaBeが出てこなくても女性のダンス&ボーカルユニットは誕生したでしょうが、BaBeが芸能文化における1つの新しい形を世に提示したことには意味があったものと思われます。
80年代で唯一成功した女性アイドルグループ『Wink』Winkプロフィールメンバー生年月日相田翔子:1969年12月4日鈴木早智子:1969年2月22日芸能界入り相田翔子:オーディション鈴木早智子:スカウトキャッチフレーズ-レコードデビュー1988年4月27日(Sugar Baby Love).
showa.idol-data.comBaBeと斉藤由貴
BaBeの人気が落ちてきた時代、メンバーの2人は1989年4月21日に発売された斉藤由貴最大のヒット曲『夢の中へ』にバックコーラスとして参加します。 『夢の中へ』の冒頭に聴こえる『ウ~、ダンス!』という掛け声は、BaBeの2人によるものと思われます。 斉藤由貴はBaBeのデビュー曲『Give Me Up』が主題歌となったドラマに主演していた人物であり、後述する理由でBaBeの活動が1990年に入ってすぐ終わるので、BaBeは斉藤由貴で始まり斉藤由貴で終わったような感じになっているわけです。 ちなみにデビューは斉藤由貴のほうが早いですが、年齢はBaBeの2人のほうが1つ上です。(年齢詐称は考慮せず)
元祖スケバン刑事『斉藤由貴』 showa.idol-data.com突然の解散とメンバーの引退
1990年に入り、BaBeの活動は一気に激変していきました。 まず、1月に二階堂ゆかりが体調を悪化させ、春に予定していたコンサートの中止が発表されます。 そして1990年2月18日、体調を悪くしていた二階堂ゆかりが妊娠4ヶ月であることと前日に結婚したことが発表されます。 それに伴い、BaBeは特に活動もないまま1990年3月で解散となり、残った近藤智子もしばらく芸能活動を続けたものの、結婚を機に芸能界を引退しました。 このように、BaBeは突然解散しメンバーもあっという間に芸能界を引退してしまったため、一般の人は気付いたらいなくなっていたと感じた人が多かったと思われます。
その後のBaBe
その後、BaBeの2人は芸能活動を一切していません。 『あの人は今?』的な番組にも出演がなく、その後の動向は長く不明でしたが、2017年7月11日に二階堂ゆかりが芸能活動をしている長女の満月あいりと一緒にテレビ番組(ノンストップ!)に出演し、27年ぶりに姿を見せました。 BaBeは所属した2つの芸能事務所がそろぞれ伝説級にひどいところだったので、あまり芸能界には関わりたく、芸能界から距離を置いているのかもしれません。
私の好きなBaBe楽曲
『TONIGHT!』
です。 BaBeと言えば、デビュー曲の『Give Me Up』と2ndシングルの『I Don’t Know!』の2曲がとても有名ですが、改めて曲を聴くとシングル曲は全て良い曲であることに気づきます。 『TONIGHT!』は5枚目のシングルですが、次作の『Get a Chance!』や、そのまた次作の『WAKE UP!』もとても良い曲となっています。