太郎千恵蔵論:記号の彼方へ、絵画の原点へ ― 二つの展覧会が照らし出すネオ・ポップ以降の現在地 「顔の出現 ー 記号になるまえに」 BEAK 585 GALLERY 黒木杏紀評
大阪の西天満、老松通り。古美術商や画廊が軒を連ねるこの歴史ある街の路地裏に佇む、現代アートの新たな息吹を感じさせるBEAK 585 GALLERY。コンクリートと古材が融合した先鋭的な空間で、太郎千恵蔵の個展「顔の出現 ー 記号になるまえに」は開催されている。時を同じくして、大阪のもう一つの中心地、心斎橋のYoshiaki Inoue Galleryでは、コラボレーション企画として「Apparere(アッパリーレ)」展が幕を開けた。
この二つの展覧会は、相互に補完し合い、響き合うことで、1990年代初頭から国際的に活動を続け、日本の現代アートシーンにおいて特異なポジションを築いてきた太郎千恵蔵という作家の多層的な貌(かお)を、そして彼の現在地を深く浮かび上がらせる、極めて批評的な試みである。本稿では、主にBEAK 585 GALLERYでの展示を軸としながら、Yoshiaki Inoue Galleryでの試みも視野に入れ、太郎千恵蔵の芸術的実践の核心に迫ることを目的とする。それは、彼がキャリアを通じて探求してきた「記号」と「物質性」の問題を再訪し、ネオ・ポップという大きな潮流の再評価へと接続する試みでもある。
《Untitled Bethanian drowing 2》2011,420×298mm,oil pastel on graph paper on panel
ネオ・ポップの時代と太郎千恵蔵の特異性《Untitled》1995,410×318mm,oil and acrylic collage on canvas
左:《Untitled Bethanian drowing 1》2011,420×298mm,oil pastel on graph paper on panel、 中:《Untitled Bethanian drowing 2》2011,420×298mm,oil pastel on graph paper on panel、右:《Untitled Bethanian drowing 3》2011,420×298mm,oil pastel on graph paper on panel
「顔の出現」― 記号になるまえに、絵画であることBEAK 585 GALLERYに足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは、剥き出しのコンクリート壁と、対照的に設置された温かみのある古材の壁面だ。この異質な素材の対比が、展示作品の持つ二面性を象徴しているかのようである。そこに並ぶのは、誰もが知る文化的アイコンから、名もなき個人の内面を抉り出すような抽象的なポートレートまで、様々な「顔」のバリエーションだ。
《Boy I》2025,606×500mm,oil on canvas
《Boy Il》2025,500×500mm,oil on canvas
知的な遊戯:『クレイジー・キャット』とモダニズムへの眼差し《Kat 2》2014,400x300mm(外サイズ457x358mm),oil pastel and giclee on paper
《Kat (Red) 3》2014,400x300mm(外サイズ457✕358mm),oil and giclee on paper
共鳴する二つの個展:複眼的なアプローチここで、心斎橋のYoshiaki Inoue Galleryで開催されている「Apparere」展に目を向けたい。「Apparere」とは、ラテン語で「現れる」を意味する。BEAK 585 GALLERYの「顔の出現」と明確に響き合うタイトルだ。同展では、「具体」と「ネオ・ポップ」という、一見すると異なる文脈に属する絵画を並置することで、絵画における具体性と抽象性、物質性と記号性の問題を問い直すという。このキュレーションは、太郎千恵蔵自身の発案によるものであり、彼の自己批評的な視座を強く反映している。
Yoshiaki Inoue Gallery TARO CHIEZO solo exhibition “Apparere” 2F 会場風景
この二つの展覧会を合わせて見ることで、太郎千恵蔵の全体像はより立体的に立ち現れてくる。BEAK 585 GALLERYが「顔」という具象的なモチーフを起点に、記号が解体され絵画の物質性へと向かうベクトルを示すのに対し、Yoshiaki Inoue Galleryは、戦後日本の前衛美術と90年代のポップな表現を並べることで、歴史的な文脈を横断しながら、絵画を絵画たらしめている根源的な要素―「現れる(Apparere)」という現象そのもの―を浮かび上がらせようとしている。
Yoshiaki Inoue Gallery TARO CHIEZO solo exhibition “Apparere” 3F プロジェクト「具体絵画とネオ・ポップ絵画の対話」 会場風景
更新され続ける「画家」のポートレート大阪の二つのギャラリーで展開される太郎千恵蔵の個展は、1990年代から日本の現代アートを見てきた者にとって、そして新しい世代の鑑賞者にとっても、多くの発見と刺激に満ちたものだ。BEAK 585 GALLERYで示された「顔」をめぐる探求は、彼が一貫して問い続けてきた人間と記号の問題系が、円熟期を迎え、より深く、より絵画的な次元へと昇華されていることを証明している。それは、ネオポップという時代の熱狂が過ぎ去った後も、彼が孤独に、しかし着実に自らの画業を深化させてきたことの力強い証左に他ならない。
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