気ままに江戸♪ 散歩・味・読書の記録
本能寺の変の後の「伊賀越え」は神君三大危機の一つに数えられる家康にとって重大な事件でした。 服部平太夫は、その苗字から推測できるように伊賀の出身でした。そこで、伊賀越えの際に服部平太夫が道案内をしました。柘植城主(名張城主とも)の服部出羽守保章(『寛政重修諸家譜』では喜多村出羽守)が領地を通過させるとのことでしたが、服部出羽守保章は明智光秀の舅であることから不審に思い、服部平太夫が親族であるため使いに立ちました。すると服部保章は人数を用意し家康を迎えに行くとの返答でした。しかし、服部平太夫は、その心底は信用できないので念のため身を隠して訪ねるのがよいと考え、家康に蓑と笠を差し上げ身分を隠したので、危機を脱したといいます。無事浜松に帰った家康は、服部平太夫の伊賀越えの際の忠節を誉めて、以後「蓑笠之介」と名乗るよう命じたといいます。蓑笠之介という名前は妙な名前ですが、由緒ある名前なんですね。
ところで、享保の改革の時、大岡越前守の配下に蓑笠之介正高という農政・治水に通じた代官がいました。宝永4年(1707)に起きた富士山大噴火により噴出した火山灰によって相模国酒匂川の川底があがり洪水が頻発し、酒匂川流域が非常に荒廃しました。その時、荒廃した地域の復興に尽力したことなど農政分野で大いに活躍したことが知られています。この蓑笠之介は、家康の危機を救った蓑笠之介正尚の子孫です。
by wheatbaku | 2023-06-20 22:32 | 大河ドラマ「どうする家康」 江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」) by 夢見る獏(バク) S M T W T F S 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31