ブルース・スプリングスティーン『明日なき暴走』50周年 ボスが明かす名盤誕生秘話「最高のロック・アルバムを作りたかった」
通算3枚目にしてブルース・スプリングスティーンにとって初のヒット作となった、1975年のマスターピース『明日なき暴走(Born To Run)』が、発売50周年の節目を迎えた。海外ではこれを記念したフィジカルリリースがなかったが、日本のみの独自企画として『明日なき暴走(50周年記念ジャパン・エディション)』が12月24日に登場。『明日なき暴走』のSACDハイブリッド盤(1ディスクにCD層、SACD層の両方を記録)と共に、1975年12月12日、NY州ロングアイランド大学C.W.ポスト校でのライヴを収めたCD2枚を収録。この公演は日本からの購入が困難な公式ライヴ・アーカイブ・シリーズから選ばれたもので、『明日なき暴走』発表から約4カ月後のブルース&Eストリート・バンドによる、熱狂的なパフォーマンスを体験することができる。
「ロングアイランド大学C.W.ポスト校」公演について
映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』を観た人なら実感できたと思うが、ブルースはスタジオ録音においては決して妥協を許さない男。『明日なき暴走』のタイトル曲、「Born To Run」のレコーディングでも完璧主義の姿勢を貫いて、ストリングスからグロッケンシュピールまで延々とオーバーダブを続けた結果、フィル・スペクターの“ウォール・オブ・サウンド”に肉薄する決定的な名曲が誕生した。しかしその直後にピアニストのデヴィッド・サンシャスとドラマーのアーネスト・カーターがバンドから離脱。オーディションで選んだ新メンバー、ロイ・ビタン(ピアノ他)とマックス・ワインバーグ(ドラムス)……その後のEストリート・バンドを支える重要メンバーが加わり、新体制で完成まで漕ぎ着けたアルバムが『明日なき暴走』であった。
『明日なき暴走(50周年記念ジャパン・エディション)』のディスク2・3で、そうやってパズルのピースが揃ったばかりのEストリート・バンドがどんな演奏を繰り広げていたのか、具体的に知ることができる。当時の新作から披露される「Thunder Road」「Tenth Avenue Freeze-Out」「She's The One」「Born To Run」「Backstreets」のみずみずしさには誰もが息を飲むはず。一方、1stアルバムに収められていた「Lost In The Flood」や「It's Hard To Be A Saint In The City」は、新メンバーの加入が吉と出てスタジオバージョンを凌駕するドラマティックな楽曲へと進化を果たした。
この日のライヴはのちにコンピレーション『In Harmony 2』(1981年)に提供して有名になる「Santa Claus Is Comin' To Town」のカバーを含むことでよく知られているが、他にも気になるカバー曲が。これ以降ライヴで定番となるアニマルズのカバー「It’s My Life」は、マックス・ワインバーグの証言によると、メンバー全員が知っている曲だったので、ほぼぶっつけ本番で演奏したというから驚きだ。ライヴ後半で歌う「Sha-La-La」はシュレルズがオリジナルだが、オルガンのアレンジは明らかにマンフレッド・マンのバージョンを踏まえたもの。ブルースが60’sブリティッシュ・ビートから受けた影響の甚大さを伝えてくれる2曲だ。
「Santa Claus Is Comin' To Town」1978年、米ヒューストンでのライヴ映像
Eストリート・バンド・サウンドのルーツを示す重要なカバーとして、ミッチ・ライダー&デトロイト・ホイールズのレパートリーを連打する「Detroit Medley」は、もちろん必聴だが。ブルースの熱心なファンは、ラストに置かれた「Quarter To Three」のカバーにグッとくるはず。この曲を大ヒットさせたゲイリー・US・ボンズは、1981年にブルースが提供した「This Little Girl」が全米11位まで上昇、劇的カムバックを果たすことになるのだから。そうやって新たなドラマを巻き起こす予感に満ちた、膨大なエナジーがパンパンに詰まった状態のライヴ……この1975年12月、ブルースがまだ26歳の若者だったという事実に、改めて唸らされるばかりだ。
“次のボブ・ディラン”という重い期待を背負わされ、コロムビア・レコードからデビューしたブルースだったが、1973年1月のデビュー・アルバム『アズベリー・パークからの挨拶 (Greetings From Asbury Park, N.J.)』、同年の2作目『青春の叫び (The Wild, The Innocent & The E Street Shuffle)』は、いずれも好評を得ながらもセールスが苦戦。今では信じられない話だが、次のアルバムがコケたら契約が解除される“リストラ予備軍”リストにブルースの名前が載っていたという。続く2005年のインタビューでは、そんな切羽詰まった状況でレコーディングに臨んだ『明日なき暴走』の舞台裏エピソード、失敗が許されない状況で難産に苦しんだ当時の心境が、極めて正直に語られている。(序文:荒野政寿)
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