Без кейворда
1980年の第1回大会は73台のエントリーで始まりました。そもそもヨンタイは、78年からスタートした鈴鹿8耐が、80年から世界選手権格式となることに決まって、78~79年に出場していたノービス&ジュニアライセンスのライダーが出場できなくなってしまった、と始まったレースでした。 スタートは、ノービスとジュニアライセンスのライダーのためのレース。ノービスは250ccまでの市販レーサーかTT-F3車、ひとつ上のライセンスであるジュニアは125ccの市販レーサーのみ出場OK、というレギュレーション。ホンダの125cc市販レーサーMT125RやヤマハTZ250、Z400FXやGSX400Eなんてバイクが走っていた混走レースだったんです。 3クラス混走となった第1回ヨンタイは決勝が雨となって、のちに世界グランプリ参戦をスタートした福田照男さんが、森長達也さんとのコンビで優勝。ちなみにノービスクラスのポールポジションは、故・堀ひろ子さんと今里峰子さんのコンビ。マシンはドクターSUDA製のGSX400Eで、残念ながらスタートしてすぐ、他マシンの転倒で流出したオイルに乗って転倒、マシンが炎上してしまいました。
82年からはレーサーの出場は不可となって、新たにSS400クラスが成立。SS=スーパーストリートの略で、ホンダがCBX400Fを発売したことをきっかけに作られた新クラスですね。このSS400クラス新設がきっかけで、エントリーはさらに増えて192台! TT-F3クラスのポールポジションは、後にHRCワークスライダーとなる三浦昇さんと石倉裕二さんのコンビで、2番手に宮城光さん、福本忠さんのモリワキコンビ。この年、八代俊二さんも松野鈴一さんとエントリー、予選はSS400クラス6番手、決勝はリタイアでした。 決勝レースでは、三浦/石倉組が追い上げて優勝! と思いきや、三浦選手が全体の60%以上走った、というレギュレーション違反のペナルティで脱落。優勝はチーム38のZ400GPを駆った岡正弘さん/新谷永喜さんコンビでした。
ヨンタイが市販車を育て、市販車がヨンタイを盛り上げた2000年代を迎えると、再びレース参戦勢力図も変わってきて、市販2スト250ccモデルと4スト400ccモデルの数がどんどん減ってくる中、2000年が2スト250ccと4スト400ccが混走した最後の年となりました。そして2001年からはST600レギュレーションとなるのです。このあたりから、タイミング的にエントリー台数が減って行きますね。 しかし、2スト250ccと4スト400ccがヨンタイを戦っているころ、参戦の間口を広げようと94年に始まった400ccネイキッドによる「NK4耐」をはじめ、98年に2スト250ccによる「ST250 2耐」、99年に始まったNK4よりも改造範囲の狭い「NK-ST2耐」、そして4気筒600ccと2気筒750ccによる「SSS600」クラスも99年にスタートしていて、ヨンタイからエントリーが分散していたんです。 もちろん、バイクが売れなくなる→レース人口が減る→ヨンタイのエントリーが減る、という時期でもあったんですね。このSSS600が、その後のST600レギュレーションへ舵を切るきっかけになったんだと思います。
鈴鹿4時間耐久ロードレース 歴代優勝者 年 ライダー マシン チーム エントリー 1980 福田照男/森長達也 TZ250 チームフライングドルフィン 73 1981 石川了次/遠藤智 TZ250 レーシングチームハニービー 150 1982 岡正弘/新谷永喜 Z400GP チーム38 192 1983 福本忠/宮城光 CBX400F モリワキレーシング 283 1984 斉藤兼一/山崎正俊 VF400F レーシングチームハニービー 400 1985 先崎直哉/白井哲也 VF400F レーシングチームハニービー 534 1986 高吉克朗/石上均 GSX-R400 RTミラージュ関東 589 1987 安藤武/中村久智 GSX-R400 ヨシムラミラージュモトライオン 529 1988 熊澤克則/小林敏也 CBR400RR ゼネラルMUCHテクニカル 619 1989 高橋芳延/和泉美智夫 ZXR400R ゼネラルMUCHワールド川口 568 1990 宇川徹/柳川明 NSR250R テクニカルスポーツ九州with高武 459 1991 及川誠人/辻村猛 NSR250R Jha &ヨシカワレーシング 399 1992 青木治親/藤原克昭 NSR250R カップヌードルTS関東 363 1993 八木要/山下裕介 TZR250R ブラックパンサー&ペネックス 455 1994 中野真矢/山内俊児 TZR250R SP忠男レーシングチーム 232 1995 酒井大作/山本琢磨 NSR250R UNOゼネラルSRS-J 193 1996 藪本博明/片岡祐一 TZR250R SPR チームモトスペースヤマハ 187 1997 川上智彦/溝口真弘 TZR250R SPR モトスポーツandMSナカミチ 158 1998 八木孝弘/大田誠 RGV250Γ SP 伊藤レーシング 118 1999 黒田貴史/松井秀樹 TZR250R チームモトスペースヤマハ 97 2000 手島雄介/三瓶陽介 TZR250R SP忠男レーシングチーム 108 2001 山川善弘/古田浩 CBR600F4i チームヨシハル 62 2002 森井威綱/寺田健太 CBR600F4i リトルウィング+αモリコー松 57 2003 鈴木慎吾/稲垣琢真 CBR600RR MOTOWINレーシング 72 2004 澤友一/山崎善央 越 CBR600RR 赤い三輪車レーシングクラブ 68 2005 佐竹隆幸/乃村康友 CBR600RR> モリワキクラブ 65 2006 鮫島大輔/横山耕二 CBR600RR TSR 59 2007 岩谷圭太/谷雄太 CBR600RR DOGHOUSE withオーテック 76 2008 医王田章弘/大西博規 GSX-R600 m-techレーシング 70 2009 田原啓至/藤島翔太 CBR600RR モリワキクラブ 59 2010 ブロディ・ウォーター/宮嶋佳毅 CBR600RR モリワキクラブ 46 2011 A.S.カマルザマン/I.F.ハサン CBR600RR ブンシュウホンダレーシングマレーシア 50 2012 I.F.ハサン/Z.ザイディ CBR600RR ブンシュウホンダレーシングマレーシア 58 2013 D.E.プラタマ/I.ムイス CBR600RR アストラホンダレーシング 68 2014 I.プラトナ /茨木繁 YZF-R6 ヤマハレーシングインドネシア 69 2015 中村啓司/和田留佳 ZX-6R TTSレーシング速心 YSSサンタバイクNCC 78 2016 I.アルディアンシャー/R.D.アーレンス CBR600RR アストラホンダ 60 2017 A.サムーン/B.ピラポン YZF-R6 ヤマハタイランド 62 2018 A.サムーン/B.ピラポン YZF-R6 ヤマハタイランド 64 2019 M.サラプーチ/P.パテゥンヨット CBR600RR APホンダレーシングタイランド 50 2020 開催されず 2021 開催されず 2022 松岡玲/永江伸崇 YZF-R6 IBIS REI Racing 30 2023 松岡玲/A.M.ファドリ YZF-R6 ヤマハレーシングインドネシア 37 2024 T.ラウンプリオ/K.シンガポン CBR600RR Astemo SIレーシングwithタイホンダ 60 最後のヨンタイはアジアンライダーが優勝!決勝レースでは、23年のMFJカップJP250クラスチャンピオンである千田俊輝(MEコンペティション/CBR600RR)が飛び出し、3周目に転倒者が出てセーフティカーが介入するアクシデントはあったものの、千田のSEコンペティションとTOHOレーシング、アケノスピード、Astemo SIレーシングwithタイホンダ、プランビーレーシングがトップグループを形成。 8耐と同様、約1時間を1スティントとするレースで、1スティント目でSEコンペティションが後方を5秒ほど引き離す走りを見せます。
伊藤真一率いるSIレーシングがケアしたタイホンダは、普段アジア選手権に出場しているふたりのライダーともこのウィークが鈴鹿サーキット初走行! 速いライダーは初めてのコースから速い! 全日本ロードレースでもST600クラスに参戦し、ワンメイクのブリヂストンタイヤを履く千田俊輝。ファステストラップも記録し、間違いなく今大会いちばんのスピードを見せた。この時点で、トップを走るラウンプリと、2番手を走る千田の差は約10秒! 千田が1周についき約1秒も差を詰めたものの、ゴールまで届かず、4秒721差でタイホンダが98周回で優勝。SEコンペティションが2位、3位にはホンダの鈴鹿製作所を本拠とする社内チーム、ホンダ鈴鹿レーシングチームが同一周回で入りました。 国際ライセンス/国内ライセンスの混走となるヨンタイでは、国内ライセンスクラス表彰もあり、総合9位/国内1位はCLUBモトラボEJ&速心、2位にFAST with シンライディングサービス&クレオサービス&ナカタ通商、3位にファンファクトリーRT&プレシャス&ラスカルキックが96周の同一周回で入りました。
2024ブリヂストン 鈴鹿4時間耐久ロードレース正式結果公式予選
1位 田中啓介/ラムダン・ロスリ YZF-R6 アケノスピード×GBSレーシング 2位 千田俊輝/酒井隆嗣 CBR600RR SEコンペティション 3位 岩本匠生/保坂洋佑 YZF-R6 タイラプロモートレーシング決勝レース(INT)
優勝 サナト・ラウンプリ/カティサク・シンガポン CBR600RR Astemo SIレーシング with タイホンダ 2位 千田俊輝/酒井隆嗣 CBR600RR SEコンペティション 3位 井手瑶輔/中島元気 CBR600RR ホンダ鈴鹿レーシングチーム 4位 村瀬豊/塚原渓介 CBR600RR MOTOWINレーシング 5位 中垣寿郎/青田魁 CBR600RR MOTOWINレーシング&TSR 6位 丹波貴大/芝本友暉 YZF-R6 MファクトリーRT NIWAエンジニアリングNAT(総合順位)
優勝(9位) 楠留維/江直螢 CBR600RR クラブモトラボEJ&速心 2位(10位) 小野拓也/笹之内英作 CBR600RR FAST with SHIN-RS & クレオサービス&ナカタ通商 3位(11位) 山口直哉/小松孝章 YZF-R6 ファンファクトリーRT &プレシャス&ラスカルキック 新しいヨンタイが生まれるか……これで45年の伝統を持つヨンタイが終わってしまいました。ノービスライダーたちの甲子園は、10台に9台が予選落ちするという超狭き門のレースとなって、厳しい厳しい環境で、多くの強豪ライダーを育てました。優勝者の中だけでも、福田照男さん、宮城光さん、三浦昇さん、宇川徹さんに柳川明、青木治親さんに藤原克昭さん、中野真矢さん、酒井大作さん、手島雄介さんといった名前がありますし、優勝こそできなかったものの、宗和孝宏さん、難波恭司さん、青木琢磨さん、鶴田竜二さん、岩橋健一郎さん、辻村猛さん、小西良輝さん、そして故・加藤大治郎さんもヨンタイ出身といっていいレジェンドライダーです。 鈴鹿サーキットによると、来シーズン以降には「新しい形のヨンタイ」を模索しているといいます。レースが市販モデルを育て、市販モデルがレースを盛り上げる、という相乗効果があり、次世代の日本のレーシングライダーを育成するようなモータースポーツを、ぜひぜひ期待して待ちたいと思います! ひとまず、サヨナラ、オレたちのヨンタイ!
タイホンダの重鎮も来日。日本とタイのホンダが協力し、さらにSIレーシングが日本でのケアを行なうという、ヨンタイに参戦してきたアジア勢のセオリーどおりの参戦体制だった。原稿製作にあたり、ブリヂストン/レースアナウンサーのみし奈昌俊さん/モーターマガジン社より資料の協力をいただきました。 なにせヨンタイは8耐と違って公式な記録がほとんどなく、Webサイトでも残っていないものがほとんどだからです。8耐は世界選手権、対してヨンタイはノンタイトルだったり、鈴鹿サンデーや近畿選手権と開催枠が変わってきたので、しょうがないのかもしれませんが、ここにきちんと残すものです。なお、表中のエントリー台数はエントリー台数だったり、車検通過台数だったり、少しばらついていますのでご了承ください。 「僕が初めてレースアナウンスをひとり立ちしてやったのは鈴鹿4耐、それも1980年の第1回大会だったんです。鈴鹿の耐久というと、ほとんどのレースファンは、平忠彦選手とケニー・ロバーツ選手が組んだ1985年の8耐でレース人気に火がついた、というだろうけれど、僕はその流れは、83年の鈴鹿4耐──宮城光選手が優勝したレース、でスタートしたと思っているんです。それくらい、あの大会から鈴鹿の耐久の熱がガラッと変わったんですよ」(みし奈昌俊さん)
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