『老子道徳経』現代語訳:01道の道とすべきは
譯読というのは、漢文の各〻の字義に対する日本語の譯語をあてて讀むことで、これを 訓讀 くんどく という。もっとも中國の單語のすべてに譯語をつくることができず、中國の發音をそのまま使った單語もある(それらは今日まで日本語の中でそのまま使われているものも少なくない。いわゆる「字音語」または「漢語」)。してみると、漢文の讀み方としては、譯讀の單語と音讀の單語とがいりまじっていることになるが、言語の構造からいえば、日本語として了解できるようになっているから、訓讀が主で音讀が從だということになる。それでこのように譯讀された漢文を訓讀漢文という。
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コメント
「老子道徳経の漢文と読み下し文」と「現代語訳が書いて有る書籍」はどこにでも転がっていますしどれ選んでも同じです。「判りやすい」かどうかは読み手次第ですから何とも言えません。
コメントをどうぞ コメントをキャンセル 訳者・九去堂早稲田大学大学院文学研究科東洋史専攻修士課程修了。若年時より鉄の馬に 騎 の り全国を放浪。その必要から火と波と星の研究を楽しむ。その後編集者・会社経営者などを経て、現在は暇つぶしに武術の稽古と漢籍を読む日々。