. 1万羽以上舞い降りる出水で鶴と出会う旅行 - HISTRIP(ヒストリップ)|歴史旅専門サイト
1万羽以上舞い降りる出水で鶴と出会う旅行 - HISTRIP(ヒストリップ)|歴史旅専門サイト
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HISTRIP(ヒストリップ)|歴史的建造物に泊まろう

鶴が渡来地として選ぶ理由は、湿地帯でエサとなる雑草や虫が多いなどが挙げられます。 かつて鶴は、出水だけではなく日本各地のエサの多い湿地や水田に飛来し、越冬をして過ごしていました。そのため、身近な存在の渡り鳥だったようです。江戸時代には鶴が食卓に並んでいたという歴史も残っています。 近代になってからの開発や乱獲で、その数は減り、越冬地に飛来する鶴の数も減少しました。鶴の渡来数が増え始めたのは、薩摩藩が海岸の大規模な干拓を始めた1600年頃からだそうです。さらに、江戸幕府が長寿の象徴である鶴を縁起が良い鳥として保護を呼びかけ、薩摩藩もそれに倣って狩猟を禁じたため、ますます数が増えたとも伝えられています。

「出水市ツル観察センター」から見る出水に訪れる鶴

出水に訪れる7種と1雑種の鶴の種類とは

展望台から観察していると、種類の違う鶴たちを見ることができました。なんと出水平野では世界にいる15 種の鶴のうち今までに7種の鶴と1雑種が渡来しているようです。 もっとも多いのはナベヅル(約9000 羽)で、世界のナベヅルの8割以上が出水平野に渡来します。次にマナヅル(約3000 羽)、世界のマナヅルの約半数が渡来します。少数ですがクロヅルやカナダヅル、雑種のナベクロヅル、年によってはソデグロヅルやアネハヅル、タンチョウが見られることもあります。

代表的な鶴だけ特徴をご紹介します。 ナベツルの名前の由来はその体の色にあり、鍋底についたススのように黒い色をしていることから「鍋鶴」と名付けられました。羽を広げた大きさは約180センチメートル、体重は3〜4キログラムくらい。世界の生息数は1 万1500 羽程度と推定され、その8割以上が出水平野で冬を越します。

タンチョウは、全身が白色、首と翼の先端が黒色のツルで羽を広げた大きさは約220センチメートルです。タンチョウ(丹頂)の名は、赤い頭頂部に由来しています。生息数は世界で2750 羽程度と推定され、絶滅が心配されています。 タンチョウは日本人がイメージする鶴そのもので、日本の絵画や着物に登場する種類です。

薩摩藩の時代から続き受け継がれる鶴の保護の精神

薩摩藩の時代から続く鶴の保護の精神は現代にも紡がれています。 飛来地田園付近の道路には白い粉が。これは石灰だそうです。鶴を鳥インフルエンザの感染から守るためにまかれているそうです。 道路が一部低くなっている箇所がありました。これも通る車体から菌が鶴たちに運ばれては困るので、消毒液を道に貯め、通った車のタイヤを洗浄するためだそうです。 鶴を想う出水の人々の気持ちが図れます。 10月中旬から2月まで、あたり一面鶴に囲まれるそうです。周辺には生活をしている住民も居るため、畑に保護ネットを貼るそう。共存できるように工夫がなされています。

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